SaaSのマルチテナントとは|ASP・MaaS・SIerの違いも整理

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  • マルチテナントは1環境を複数利用者で共有する方式で、現代SaaSの技術前提
  • ASPはSaaSの前身、MaaSは交通分野の別概念で、SaaSとは無関係
  • クラウド3層モデル(IaaS/PaaS/SaaS)はNIST SP 800-145で定義

「ベンダー資料に出てくる『マルチテナント』『ASP』『MaaS』が何を指すのか分からない」「SaaSとPaaS・IaaSの違いは何となく理解できたが、ASPやSIerとの違いを社内で説明できない」──クラウド導入の現場でこんな悩みを抱える担当者は多いはずです。実際、米国NIST(国立標準技術研究所)が公開する「SP 800-145」はクラウドコンピューティングの定義として国際的に参照される一次情報ですが、ASP・MaaS・SIerといった派生用語までを一枚で整理した日本語資料は限られています。本記事では、NIST SP 800-145・総務省「令和7年版 情報通信白書」・国土交通省「日本版MaaS推進・支援事業」などの公的一次情報をもとに、SaaSと混同されがちな5つの用語を図解で整理します。SaaSとは何かを先に確認したい方は、ピラー記事から読み進めてください。

目次

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  1. マルチテナントとシングルテナントの違い|SaaSの技術前提
  2. SaaSとASPの違い|歴史的経緯としてのASP→SaaS進化
  3. SaaSとMaaSの違い|MaaSはSaaSとは無関係の別概念
  4. SaaSとSIerの違い|提供形態と受託の違い
  5. クラウド用語全体マップ|IaaS・PaaS・SaaS・DaaS・FaaS・BaaSの一覧整理
  6. よくある質問
  7. まとめ|混同しがちな5用語の使い分け
  8. 参考文献
  9. 関連記事

マルチテナントとシングルテナントの違い|SaaSの技術前提

マルチテナントとは、1つのソフトウェア環境を複数の利用者(テナント)で共有する方式で、現代のSaaSの大半が採用する技術前提です。これに対し、シングルテナントは利用者ごとに専用環境を用意する方式で、カスタマイズ性は高い反面、運用コストが大きくなります。

マルチテナントとシングルテナントの構造比較 マルチテナント 1環境を複数利用者で共有 共有アプリケーション環境 利用者A 利用者B 利用者C シングルテナント 利用者ごとに専用環境 利用者A A専用環境 利用者B B専用環境 利用者C C専用環境 出典:NIST SP 800-145「The NIST Definition of Cloud Computing」をもとに作成
図1:マルチテナントとシングルテナントの構造比較

NIST SP 800-145は、クラウドコンピューティングの本質的な特徴として「リソース共有(Resource pooling)」を挙げており、マルチテナントはこの特徴を満たす実装形態です。SaaSとして提供される会計ソフト・名刺管理ツール・人事システムの多くが、同じソフトウェア環境を顧客企業ごとに論理的に分離して使わせる仕組みを採用しています。一方で、金融機関・医療機関など機密性要件が極めて高い領域では、シングルテナント方式のSaaSや、専用環境を確保するハイブリッド構成が選ばれるケースもあります。

マルチテナント方式が選ばれる理由

  • コスト効率:1環境を多数の利用者で共有するため、提供側のインフラコストが分散される
  • アップデートの即時性:全利用者に対して一斉に新機能・セキュリティパッチが適用される
  • 運用負荷の低さ:利用者ごとの環境構築・パッチ管理が不要

シングルテナント方式が選ばれる理由

  • データ分離の厳密性:物理的に別環境のため、他テナントとのデータ混在リスクがない
  • カスタマイズ性:利用者固有の業務要件に合わせた個別改修が可能
  • セキュリティ要件への対応:金融庁監督指針・医療情報ガイドラインなど厳格な要件を満たしやすい

個人事業主・フリーランスや中小企業の多くは、コスト効率を重視してマルチテナント方式のSaaSを選ぶのが一般的です。中堅・大企業では、業務要件・規制要件に応じてマルチ/シングルを使い分け、RFP(提案依頼書)の段階で方式を明示することが推奨されます。SaaSの技術構造をさらに詳しく知りたい方は、SaaSの技術構造(IaaS/PaaS/SaaSの関係)もあわせて参照してください。

SaaSとASPの違い|歴史的経緯としてのASP→SaaS進化

ASP(Application Service Provider)は1990年代後半に登場したソフトウェア提供形態で、SaaSはその進化形と位置づけられます。多くの文脈で両者は同義的に扱われますが、技術的な前提(マルチテナント/シングルテナント)と提供スタイルに違いがあります。

ASPからSaaSへの進化史 1990年代後半 ASPの登場 ソフトウェアを レンタル提供 シングルテナント中心 2000年代 SaaS概念の登場 マルチテナント方式が 主流に クラウドの登場 2010年代 SaaS普及期 スマホ・モバイル対応 SLA整備 業務別SaaSの拡大 現在 SaaSが主流 AI機能組込 マルチデバイス対応 「ASP」は事実上死語 出典:総務省「令和7年版 情報通信白書」をもとに作成
図2:ASPからSaaSへの進化史

ASPはApplication Service Providerの略で、ソフトウェアをインターネット経由でレンタル提供するモデルとして1990年代後半に登場しました。当時はインターネット回線が現在ほど高速ではなく、ブラウザ機能も限定的だったため、サービスごとに専用の環境を割り当てる「シングルテナント方式」が主流でした。総務省「令和7年版 情報通信白書」でも、クラウドサービスの利用形態として、ASPがSaaSの先行モデルだった経緯が整理されています。

ASPとSaaSの違いを表で整理

観点ASPSaaS
登場時期1990年代後半2000年代以降
テナント方式シングルテナント中心マルチテナント中心
カスタマイズ利用者ごとに改修可能原則として共通機能
提供単位パッケージソフトのレンタル機能をサービスとして提供
アップデート利用者ごとに個別対応全利用者に一斉適用
現在の使用状況用語としてはほぼ使われない主流の提供形態

実務では「ASP」という呼称はほぼ使われなくなり、契約書・RFPなどでも「SaaS」表記が一般的です。ただし古い社内システムの保守契約書や、自治体・大企業の調達仕様書には「ASPサービス」の語が残っている場合があるため、新規SaaSへの移行検討時には、現契約が技術的にどちらに該当するのかを確認すると判断がしやすくなります。SaaSとクラウドの違いを整理した記事もあわせて参考にしてください。

SaaSとMaaSの違い|MaaSはSaaSとは無関係の別概念

結論として、MaaS(Mobility as a Service)はSaaSとは無関係の別概念です。「〜 as a Service」というフレーズの形が似ているため検索結果でも混同されますが、扱う領域・主管省庁・関わる事業者がまったく異なります。

SaaSとMaaSの違い(用語の混同整理) SaaS Software as a Service 領域 ソフトウェア・IT 主管省庁 総務省・経済産業省 主要事業者 クラウド企業 提供内容 業務アプリ・ツール 代表例 会計/HR/CRMなど (顧客情報管理など) 無関係 の別概念 MaaS Mobility as a Service 領域 交通・モビリティ 主管省庁 国土交通省 主要事業者 交通事業者・自治体 提供内容 移動サービス統合 代表例 交通アプリ統合 (経路検索・予約・決済) 出典:国土交通省「日本版MaaSの推進」をもとに作成
図3:SaaSとMaaSの違い(用語の混同整理)

MaaSは国土交通省が推進する「日本版MaaS推進・支援事業」で公式に定義された概念で、出発地から目的地までの移動手段を、複数の交通機関を横断して一括で検索・予約・決済できる仕組みを指します。鉄道・バス・タクシー・シェアサイクル・カーシェアなどを統合し、一つのアプリで利用できる状態を実現する取り組みで、関係省庁は国土交通省、主要な事業者は鉄道会社・バス会社・自治体です。

一方のSaaSは、総務省・経済産業省が所管するクラウドコンピューティングの一形態で、業務アプリケーションをインターネット経由で提供するサービスです。両者は「〜 as a Service」という命名規則を共有するだけで、技術的にも事業領域としても接点はほぼありません。社内資料・提案書を作成する際に、両者を併記したり混同したりすると読み手の混乱を招くため、「MaaSはSaaSとは別領域の概念」として明確に区別することが重要です。

SaaSとSIerの違い|提供形態と受託の違い

SaaSは「完成されたソフトウェアをサービスとして提供する形態」、SIerは「顧客の要件に合わせてシステムを受託開発する事業者」を指し、両者は「提供物」と「事業者」という別の軸の概念です。そのため厳密には対比関係ではなく、SaaSを組み合わせてシステムを構築するSIerも存在します。

SaaSとSIerを5つの観点で整理

観点SaaSSIer(システムインテグレーター)
概念の種類ソフトウェアの提供形態事業者の業態
提供物完成済みのソフトウェア機能個別要件に合わせたシステム
契約形態月額・年額のサブスクリプション請負契約・準委任契約
カスタマイズ原則として共通機能顧客要件に合わせて設計・開発
導入期間申込から即時〜数週間数カ月〜数年
主な利用者業務担当者が直接契約・利用情シス・経営層が発注

経済産業省「クラウドサービス利用調査」では、企業のIT投資の中でSaaSの占める割合が拡大している一方、自社固有の業務システムや基幹システムについてはSIerによる受託開発・改修が依然として中心であることが整理されています。両者を二者択一で捉えるのではなく、汎用業務(会計・HR・名刺管理など)はSaaS、業界固有の基幹業務はSIerに依頼してSaaSと連携させる、という使い分けが実務的な選択肢になります。

個人事業主・フリーランスはSaaSのみで完結することが多く、SIerと直接契約するケースは限定的です。中小企業ではバックオフィス領域はSaaS、業界固有業務はSIerと使い分けるパターンが増えています。中堅・大企業では基幹システムの内製化・SIerへの委託・SaaS活用を多層的に組み合わせる「マルチソーシング戦略」が一般的です。SaaSの代表例を業務領域別に確認したい方は関連記事もあわせてご覧ください。

クラウド用語全体マップ|IaaS・PaaS・SaaS・DaaS・FaaS・BaaSの一覧整理

クラウドサービスは「何をサービスとして提供するか」によって、IaaS・PaaS・SaaS・DaaS・FaaS・BaaSなどに分類されます。NIST SP 800-145はこのうちIaaS/PaaS/SaaSを基本の3層モデルとして定義しており、DaaS・FaaS・BaaSは後発の派生形態です。

クラウド用語全体マップ(XaaSの一覧) XaaS(X as a Service)の全体マップ ■ NIST SP 800-145が定義する基本3層 IaaS Infrastructure as a Service 提供:インフラ(仮想サーバー等) 利用者は OS・ミドルウェア・ アプリを構築・管理 PaaS Platform as a Service 提供:アプリ開発プラットフォーム 利用者はアプリのみを 開発・運用 SaaS Software as a Service 提供:完成されたソフトウェア 利用者は機能を使うだけ (インストール不要) ■ 派生形態(NISTの基本3層から発展) DaaS Desktop as a Service 提供:仮想デスクトップ環境 テレワーク・BYOD対応で 活用が拡大 FaaS Function as a Service 提供:関数単位の実行環境 サーバーレス開発の基盤 (イベント駆動) BaaS Backend as a Service 提供:バックエンド機能 モバイルアプリ開発で 認証・DBを統合提供 注:「MaaS」(Mobility as a Service)はクラウドサービスではなく、交通・モビリティの統合サービスを指す別概念 出典:NIST SP 800-145「The NIST Definition of Cloud Computing」をもとに作成
図4:クラウド用語全体マップ(XaaSの一覧)

IaaS・PaaS・SaaSの3層は、NIST SP 800-145で定義される「クラウドサービスモデル」の基本構造です。下層のIaaSはインフラ(仮想サーバー・ストレージ・ネットワーク)を提供し、利用者はその上にOS・ミドルウェア・アプリケーションを自前で構築します。中間のPaaSはアプリケーション開発のためのプラットフォーム(実行環境・データベース・開発フレームワーク)まで含めて提供し、利用者はアプリの開発に集中できます。上層のSaaSは完成されたソフトウェア機能を提供し、利用者は機能を使うだけで済みます。

派生形態であるDaaS(Desktop as a Service)はテレワーク普及に伴い拡大した仮想デスクトップ環境の提供形態、FaaS(Function as a Service)は関数単位の実行環境を提供するサーバーレス開発の基盤、BaaS(Backend as a Service)はモバイルアプリ開発で認証・データベースなどのバックエンド機能を統合提供するサービスです。これらはすべてクラウドコンピューティングの派生概念であり、本記事冒頭で整理したMaaSとは技術的にも事業領域としても異なる点に改めて注意が必要です。3層モデルの基本構造はSaaSとPaaS・IaaSの違いでも詳しく整理しています。

よくある質問

Q. マルチテナント方式のSaaSはセキュリティ的に問題ないですか?

A. マルチテナント方式は、各利用者のデータを論理的に分離する仕組み(テナントID管理・アクセス制御)で運用されており、適切に設計された環境であれば実用上の問題はありません。政府機関が利用するクラウドサービスの安全性評価制度であるISMAP(政府情報システムのためのセキュリティ評価制度)でも、マルチテナントSaaSが多数登録されています。ただし金融機関の機密データ・医療情報など、規制要件が特に厳しい領域ではシングルテナント方式やハイブリッド構成が選ばれることがあります。

Q. 「ASPサービス」と書かれた契約書を見つけました。SaaSへ移行すべきですか?

A. 用語が古いだけで、技術的には現代のSaaSと同等に運用されているケースも多いため、契約書の文言だけで判断せず、技術仕様(マルチテナント方式か/APIの提供有無/アップデート頻度/SLA水準)を確認することが先決です。確認の結果、シングルテナント方式で個別保守が必要な旧型ASPであれば、運用コストや機能拡張性の観点から新世代SaaSへの移行を検討する余地があります。

Q. MaaSの事例に「○○ SaaS」と書かれていることがあるのはなぜですか?

A. MaaSの実装にあたり、交通事業者間でデータ連携・予約・決済を統合するためのバックエンドシステムがSaaSとして提供されることがあるためです。この場合の「SaaS」は、MaaSを実現するための裏側のITインフラを指しており、MaaSそのものの定義には含まれません。MaaSの公式定義(国土交通省)は、あくまで「複数の交通サービスを統合した移動サービス」です。

Q. SaaSベンダーとSIerに同じ業務を依頼することはできますか?

A. 厳密には依頼内容が異なります。SaaSベンダーは自社サービスの提供と運用が中心で、利用者の業務要件に合わせた個別開発は基本的に行いません。一方、SIerは顧客要件に合わせたシステム設計・開発・運用保守を受託します。実務では、SaaSを核に据え、SaaSの標準機能で足りない部分のカスタマイズ・他システム連携をSIerに依頼する「ハイブリッド構成」が中堅・大企業で増えています。

Q. DaaS・FaaS・BaaSは中小企業でも使う場面がありますか?

A. DaaSはテレワーク導入の選択肢として中小企業でも利用されています。FaaSとBaaSは主にアプリ開発を行う事業者向けで、自社で開発を行わない中小企業が直接契約する場面は限定的です。ただし、契約しているSaaSやアプリの内部でこれらの技術が使われているケースは多く、技術トレンドとして把握しておく価値はあります。

まとめ|混同しがちな5用語の使い分け

SaaSと混同されがちな用語は、それぞれ別の軸の概念であることが整理できました。マルチテナントとシングルテナントは「SaaSの技術前提(提供方式)」、ASPは「SaaSの歴史的前身」、MaaSは「SaaSとは無関係の交通分野の別概念」、SIerは「SaaSとは別軸の事業者業態」という位置づけです。社内資料・ベンダー提案書・RFPなどで用語を正しく使い分けることで、関係者間の認識ずれを防ぎ、SaaS導入検討・運用の精度を高めることができます。

今日からできる3つのこと

  1. 現在検討中のSaaSが「マルチテナント方式かシングルテナント方式か」をベンダーに確認する
  2. 社内の旧契約書に「ASPサービス」表記が残っていないか確認し、技術仕様を棚卸しする
  3. NIST SP 800-145の3層モデルを社内勉強会で共有し、用語の認識を統一する

参考文献

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