医療SaaSの選び方|ISMAP・医療情報セキュリティ・電子カルテ連携
Check!
- ISMAP登録だけで終わらせない医療SaaSの安全管理の確認方法がわかる
- 電子カルテ・レセコンとの連携範囲と標準型電子カルテの動向を踏まえた選び方がわかる
- 診療予約システムの比較例と選定チェックリストで導入前の確認項目を整理できる
医療SaaSは、予約、問診、電子カルテ、会計、患者連絡、スタッフの勤怠や採用といった医療機関の業務を、インターネット経由のクラウドサービスとして利用できる仕組みです。サーバーを院内に置かずに始められるため、開業したばかりのクリニックから複数拠点を持つ医療法人まで導入が広がっています。一方で、医療SaaSが扱うのは病歴や検査結果などの機微な情報です。一般的な業務SaaSと同じ感覚で「機能が多いか」「料金が安いか」だけで選ぶと、あとから安全管理や連携の不足に気づき、契約や運用を見直すことになりかねません。この記事では、厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第7.0版」、経済産業省・総務省の提供事業者向けガイドライン、ISMAPの仕組み、標準型電子カルテをめぐる国の動きを踏まえ、医療機関の担当者が導入検討の段階で確認したい基準を、受付・予約という身近な領域の実例とあわせて整理します。
医療SaaS選びの優先ポイントを診断
Q1. 医療SaaS選びでいちばん気になっていることは?
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医療SaaSの選び方を受付・予約から考える|クリニック向け診療予約システムの比較
医療SaaSの選び方を具体的にイメージするには、患者との最初の接点である「予約・受付」の領域から見ると分かりやすくなります。予約システムは電子カルテのように診療録そのものを扱うわけではないため、比較的短い期間で導入でき、医療SaaSを初めて取り入れる医療機関の入り口になりやすい分野です。それでいて、患者の氏名や連絡先、症状に関する問診内容、決済情報まで扱うことがあり、この記事で後ほど解説する「安全管理」「電子カルテとの連携」「契約とコスト」という3つの観点がすべて関わってきます。
下の表は、お名前.comビジネスコンシェルジュの比較記事で紹介しているクリニック向け診療予約システムから5つを取り上げ、強みと導入前に確認したい点を並べたものです。同じ「予約システム」でも、予約から決済まで一体で扱うもの、予約フォームのカスタマイズに強いもの、必要な予約だけを手軽にシステム化するものなど、設計の考え方がかなり違うことが分かります。優劣を示すものではなく、機能や料金は変わることがあるため、最新の内容は各社の資料で確認してください。
| サービス名(提供会社) | 設計の考え方 | 主な強み | 導入前に確認したい点 |
|---|---|---|---|
| デジスマ診療(エムスリーデジカル株式会社) | 予約から決済までの一体型 | 予約・問診・決済などクリニックに必要な機能をまとめて扱え、事前登録したクレジットカードで診察費を自動決済できる | 導入時・導入後のサポートの詳細は問い合わせが必要 |
| アポクル予約(カルー株式会社) | 予約フォームのカスタマイズ重視 | 予約方法やリマインドメールの内容を柔軟に変えられ、高度な機能を完全定額制で利用できる | LINE連携や電子カルテ連携などは別途オプション費用が必要 |
| Wakumy(株式会社レイヤード) | 予約から会計までの一気通貫 | 時間帯予約と順番受付を組み合わせられ、予約・受付・問診・会計までを直感的なUIで扱える | 費用の詳細は問い合わせが必要 |
| QuiQ(株式会社peerNIST) | 受付業務の必要な機能を選ぶ型 | 予約・順番待ちから離院まで受付に必要な機能を提供し、タブレットなどで運用できる | 基本機能は順番待ちで、その他の機能はオプション |
| Emidel(東杏印刷株式会社) | 手間のかかる予約だけをシステム化 | ワクチンや健診など特定の予約だけをシステム化でき、予約情報は診療日翌日に自動削除される | 電子カルテとの連動には対応していない |
表の右端の列を見ると、医療SaaS選びの論点がそのまま表れています。電子カルテ連携がオプションなのか非対応なのか、費用が定額か問い合わせ制か、保存した予約情報をいつ消すのか。これらは「どのサービスが良いか」ではなく「自院の運用に合うか」を判断するための材料です。たとえばEmidelのように予約情報を翌日に自動削除する設計は、情報を長く持たないという点で管理リスクを減らす考え方ですが、予約履歴を経営分析に使いたい医療機関には合わない場合もあります。自院の診療科や患者層、既存の電子カルテとの関係を思い浮かべながら、比較記事で各サービスの詳細を確認してみてください。
医療SaaS選定の基本観点|機能比較だけでは足りない理由
医療SaaSの選定では、機能や価格の比較に加えて「扱う情報の重さ」「責任の分担」「止まったときの影響」の3点を最初に確認することが欠かせません。医療機関がクラウドにデータを預けても、患者情報の管理責任は医療機関側に残るためです。
医療SaaSが扱う情報は要配慮個人情報を含む
病歴、診療記録、検査結果などは、個人情報保護法で「要配慮個人情報」として扱われ、取得や第三者提供に通常の個人情報より厳しいルールがあります。医療SaaSに患者情報を入力することは、多くの場合、個人データの取り扱いを事業者に委託することにあたり、医療機関には委託先を監督する責任があります。つまり「クラウド事業者が安全と言っているから大丈夫」ではなく、委託先がどう管理しているかを医療機関自身が確認し、契約で担保する必要があります。個人情報保護法の考え方は、個人情報保護委員会の法令・ガイドラインのページで確認できます。
医療SaaSの主な種類と導入で期待できること
医療SaaSは、扱う業務によって大きく「診療支援」「経営・事務支援」「患者コミュニケーション」の3つに分けて考えると整理しやすくなります。導入で期待できることとしては、院内にサーバーを置かないため初期の設備投資を抑えやすいこと、システムの保守やアップデートを事業者が担うため院内のIT管理の負担が軽くなること、インターネット経由で院外からも情報にアクセスできるため、スタッフ間の情報共有が速くなり、災害などで院内の機器が使えない場合にもデータを参照しやすくなることが挙げられます。ただし、月額などの利用料は継続して発生し、回線やアカウントの管理という新しい責任も生まれます。メリットはそのまま受け取らず、次の表のように種類ごとに「何が楽になり、何を確認すべきか」をセットで捉えることが大切です。
| 種類 | 主なサービスの例 | 期待できること | 特に確認したいこと |
|---|---|---|---|
| 診療支援 | クラウド型電子カルテ、オンライン診療、検査・画像の管理 | 院内外からの診療情報の参照、情報共有の迅速化 | 安全管理ガイドラインへの対応、停止時の診療継続手順 |
| 経営・事務支援 | 会計、勤怠管理、給与計算、採用管理、グループウェア | 事務作業や集計の手間の削減、保守負担の軽減 | スタッフや応募者の個人情報の扱い、継続費用 |
| 患者コミュニケーション | 予約、Web問診、順番受付、決済、患者への連絡 | 受付の混雑や電話対応の軽減、患者の利便性向上 | 電子カルテとの連携範囲、患者向け案内の表現 |
一般的な業務SaaSとの違い
一般的な業務SaaSでも、セキュリティや連携性の確認は必要です。ただし医療SaaSには、医療に特有の確認事項が上乗せされます。違いを整理すると次のとおりです。
| 観点 | 一般的な業務SaaS | 医療SaaSで上乗せされる確認 |
|---|---|---|
| 準拠する指針 | 自社の情報セキュリティ規程、個人情報保護法 | 厚生労働省の安全管理ガイドライン、提供事業者向けガイドラインへの対応状況 |
| 扱う情報 | 顧客情報、社内の業務データ | 要配慮個人情報(病歴・診療記録など)、保険情報 |
| 停止時の影響 | 業務の遅れ | 診療の遅れ、患者の安全や受診機会への影響 |
| 連携先 | 会計、CRM、チャットなど | 電子カルテ、レセコン、検査・画像などの部門システム、国の情報基盤 |
| 外部への発信 | 景品表示法など一般的な広告ルール | 医療法の広告規制(ホームページの表現も対象になり得る) |
医療SaaSは診療の周辺業務にも広がっている
医療SaaSというと電子カルテや予約システムが思い浮かびますが、実際には勤怠管理、給与計算、グループウェア、スタッフ教育、採用管理といったバックオフィス領域でも医療機関向けのサービスが増えています。背景にあるのは人手の問題です。医療機関は看護師や医療事務などの人材確保に苦労しやすく、採用担当が現場業務と兼務していることも珍しくありません。患者情報を扱う診療系のSaaSと比べると、採用管理などの人事系SaaSは応募者情報を扱う点で注意は必要ですが、診療を止めるリスクは小さく、医療機関にとって取り組みやすいデジタル化の領域です。
医療SaaSの導入を「電子カルテの入れ替え」だけで考えず、人材確保のように経営に直結する課題から優先順位をつけるのも1つの進め方です。医療業界向けの採用管理システムは、医療系の求人媒体との連携や、応募者対応の自動化などを特徴とするものがあり、比較記事でその違いを確認できます。
ISMAP登録とは|政府情報システムの評価制度と医療SaaSでの位置づけ
ISMAP(政府情報システムのためのセキュリティ評価制度)は、政府機関が調達するクラウドサービスについて、あらかじめ定めた基準に基づくセキュリティ対策の実施状況を評価し、登録する制度です。医療機関向けの制度ではありませんが、第三者による監査を経た登録であるため、医療SaaSを選ぶ際の参考情報として活用できます。
ISMAPの仕組みと確認方法
ISMAPでは、クラウドサービス事業者が申請し、登録された監査機関による監査を受けたうえで、基準を満たしたサービスが「ISMAPクラウドサービスリスト」に登録されます。登録状況は、ISMAP運営委員会が公開しているISMAPポータルで誰でも確認できます。営業資料に「ISMAP対応」と書かれている場合は、ポータルで実際に登録されているか、登録されているのがどのサービス名・どの範囲かを確かめておくと確実です。
医療SaaSでISMAPを見るときの注意点
ISMAPを確認するときに押さえておきたいのは、登録が「どの層」に対するものかという点です。医療SaaSの多くは、大手クラウド基盤(IaaSやPaaS)の上にアプリケーションを構築しています。この場合、基盤側はISMAPに登録されていても、医療SaaSのアプリケーション自体は登録されていないことがよくあります。基盤の登録は物理的なデータセンターやインフラの管理水準を示すものであり、アプリケーションのアクセス制御や操作ログ、医療機関ごとのデータ分離の仕組みまで保証するものではありません。
また、ISMAPに登録されていないことが、そのまま医療SaaSとして不適切という意味にはなりません。特に小規模な事業者が提供するサービスでは、登録にかかる費用や工数の負担から申請していないケースもあります。ISMAPは判断材料の1つとして位置づけ、次の章で解説する医療分野のガイドラインへの対応状況とあわせて確認するのが現実的です。
| 確認する情報 | 分かること | それだけでは分からないこと |
|---|---|---|
| ISMAP登録(基盤側) | データセンターやインフラの管理水準 | アプリケーションの権限設計、医療機関ごとのデータ分離 |
| ISMAP登録(サービス自体) | サービス全体の管理策が第三者監査を経ていること | 自院の運用ルールとの整合、医療分野固有の要件 |
| ISMS認証(ISO/IEC 27001) | 事業者の情報セキュリティ管理体制 | 認証範囲に当該サービスが含まれるか(認証範囲の確認が必要) |
| 医療分野ガイドラインへの対応表 | 医療機関と事業者の役割分担、対応済み項目 | 実際の運用で守られているか(定期的な確認が必要) |
医療情報システムの安全管理ガイドラインへの対応
医療SaaSを導入する医療機関がまず参照すべきなのは、厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」です。2026年6月に第7.0版へ見直され、厚生労働省は医療機関等に対してガイドラインの遵守を求めています。サービスを提供する事業者側には、経済産業省と総務省による「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」があり、両者をあわせて「3省2ガイドライン」と呼ぶことがあります。
ガイドラインは読む人ごとに編が分かれている
厚生労働省のガイドラインは、概説編、経営管理編、企画管理編、システム運用編などに分かれており、院長や理事などの経営層、システムの企画担当、実際の運用担当がそれぞれ自分に関係する編を読む構成になっています。医療SaaSの選定では、経営層が「リスクを受け入れる判断と予算の確保」を、企画担当が「事業者の選定と契約内容の確認」を、運用担当が「アカウント管理やログ確認などの日常業務」を担う、という分担で考えると整理しやすくなります。小規模なクリニックでは院長や事務長が1人で複数の役割を兼ねることもありますが、その場合でも「誰がどの判断をしたか」を記録に残しておくことが大切です。
事業者との役割分担を契約前に確認する
クラウドサービスでは、どこまでを事業者が管理し、どこからを医療機関が管理するかという「責任分界」が重要になります。経済産業省は「医療情報システムの契約における当事者間の役割分担に関する確認表」を公開しており、事業者との契約時に役割分担を確認する際の参考になります。事業者によっては、ガイドラインの各項目への対応状況をまとめた資料(いわゆるサービス仕様適合開示書など)を用意している場合があるため、選定の段階で提出を依頼するとよいでしょう。
| 項目 | 事業者に確認すること | 医療機関側で決めること |
|---|---|---|
| 認証・アクセス管理 | 多要素認証の有無、権限を細かく設定できるか | 職種ごとの権限設計、退職者のアカウント停止手順 |
| ログ | 操作ログの取得範囲と保存期間、医療機関が閲覧できるか | 誰がどの頻度でログを確認するか |
| バックアップ・復旧 | バックアップの頻度と保管場所、復旧までの目安 | システム停止時に紙で運用する手順 |
| 委託・再委託 | 再委託先の有無と範囲、データの保存国 | 委託先の状況を定期的に確認する方法 |
| 契約終了時 | データの返却形式、削除の方法と証明 | 乗り換え先へ移行する計画 |
サイバーセキュリティ対策チェックリストとBCP
厚生労働省は、ガイドラインとあわせて「医療機関・薬局におけるサイバーセキュリティ対策チェックリスト」を公開しています。医療機関・薬局が優先的に取り組むべき事項をまとめたもので、医療機関が確認する用と事業者が確認する用の様式が用意されています。医療SaaSを導入する際は、事業者用のチェックリストへの回答を依頼し、自院のチェックリストと突き合わせると、抜け漏れを見つけやすくなります。
また、サイバー攻撃を想定した事業継続計画(BCP)の策定もチェックリストの中で求められており、厚生労働省はBCPの確認表や手引き、ひな形も公開しています。クラウドに業務を移すと、院内のサーバー障害のリスクは減る一方で、インターネット回線の障害や事業者側の障害、アカウントの乗っ取りといった新しいリスクが加わります。医療SaaSを選ぶ段階で「このサービスが止まったら、受付と診療をどう続けるか」を具体的に書き出しておくと、BCPの見直しにもそのまま使えます。
なお、本記事の内容は一般的な情報提供を目的としたものであり、法的助言ではありません。個別の法令解釈や運用対応については、弁護士などの専門家や所管の行政機関に確認してください。
電子カルテ・レセコンとの連携性の確認ポイント
医療SaaSの導入効果は、単体の機能よりも、電子カルテやレセコン(レセプトコンピュータ)など既存システムとどうつながるかで大きく変わります。予約システムで受け付けた情報が問診に引き継がれ、問診内容が電子カルテに反映され、会計や次回予約まで流れれば、スタッフの二重入力が減ります。逆に、連携の仕様を確認しないまま導入すると、画面を見比べながらの転記作業が残り、かえって手間が増えることがあります。
連携の方式は大きく3つ
医療SaaS同士、または医療SaaSと電子カルテの連携には、主にAPIによる自動連携、CSVなどのファイルを使った取り込み、同じメーカーの製品群による一体型の3つの形があります。どれが優れているかではなく、自院の業務量と運用体制に合うかで選びます。
| 連携の方式 | 長所 | 短所・確認点 |
|---|---|---|
| APIによる自動連携 | リアルタイムに近い反映、手作業がほぼ不要 | 連携できる項目が限られることがある、連携費用がかかる場合がある |
| ファイル(CSV等)による取り込み | 対応している製品が多く、始めやすい | 取り込み作業が定期的に発生する、形式の変更に弱い |
| 同一メーカーの一体型 | データの受け渡しが安定し、問い合わせ窓口が1つ | 他社製品への乗り換えが難しくなりやすい |
デモで確かめたい5つの点
カタログに「電子カルテ連携可」と書かれていても、実際に連携できる範囲は製品やメーカーの組み合わせによって異なります。デモや無料トライアルの場面では、次の点を具体的に確かめておきましょう。
- 自院で使っている電子カルテ・レセコンの製品名とバージョンで、連携の実績があるか。
- 患者の基本情報、予約情報、問診結果のうち、どの項目がどちらの方向に反映されるか。
- 連携が止まったときに、どちらの画面を正として、どう手作業で補うか。
- 連携にかかる初期費用・月額費用が、SaaS本体とは別に発生するか。
- 電子カルテを将来入れ替えた場合に、連携を組み直す必要があるか。
ここで見落としやすいのが、連携の軸になる電子カルテ自体が自院の規模や診療科に合っているか、という手前の論点です。予約や問診のSaaSを丁寧に選んでも、電子カルテの対応範囲が合っていなければ、連携設計そのものがやり直しになります。電子カルテの新規導入や入れ替えを検討している場合は、電子カルテシステムおすすめ10選|選び方も解説もあわせて確認しておくと手戻りを防ぎやすくなります。
一方、すでに使い慣れた電子カルテがあり、入れ替えの予定がない場合は、周辺の予約・受付SaaSを「その電子カルテと連携できるか」で絞り込むのが近道です。冒頭で比較した診療予約システムでも、電子カルテ連携がオプション扱いのもの、連携に対応していないものがありました。連携の有無と費用を条件に、候補を比べ直してみてください。
標準型電子カルテ・電子カルテ情報共有サービスの動向
医療SaaSを選ぶ際に、いま特に意識しておきたいのが国の医療DXの動きです。厚生労働省は、医療機関の間で患者の情報を共有する「電子カルテ情報共有サービス」の整備と、あわせて標準規格に準拠したクラウド型の電子カルテ(標準型電子カルテ)の普及を進めています。
国が目指す方向
政府は、2030年までにおおむねすべての医療機関で、患者の医療情報を共有するための電子カルテの導入を目指す方針を示しています。電子カルテ情報共有サービスでは、診療情報提供書や退院時サマリー、検査結果などの情報を、全国の医療機関で共有できる仕組みの整備が進められており、厚生労働省はシステムベンダ向けに技術解説書も公表しています。標準型電子カルテについては、医科診療所向けのクラウド型電子カルテとして、試行的な取り組みで把握した課題を踏まえながら、本格的な普及に向けた検討が進められています。スケジュールや仕様は検討の途中で見直されることもあるため、最新の状況は厚生労働省の資料で確認してください。
医療SaaS選びへの影響
この動きが医療SaaS選びに与える影響は、「標準規格への対応」と「クラウド化の後押し」の2点です。国の情報共有の仕組みは、HL7 FHIRという国際的な標準規格をもとにしたデータのやり取りを前提としています。今後数年のうちに電子カルテの入れ替えや新規導入を考えている医療機関は、候補の製品が電子カルテ情報共有サービスへの対応をどう予定しているかを、選定時の質問項目に加えておくとよいでしょう。周辺の予約・問診などのSaaSについても、将来の電子カルテの入れ替えに合わせて連携を組み直せるか、データを標準的な形式で取り出せるかを確認しておくと、国の方針が具体化したときに対応しやすくなります。
一方で、国の方針が固まるまで導入を待つべきかというと、必ずしもそうではありません。受付・予約や人事など、電子カルテ本体から独立して使える領域は、国の動きと切り離して先に進めやすい部分です。電子カルテのように国の方針の影響を受けやすい領域と、影響を受けにくい周辺領域を分けて考えると、導入の順番を判断しやすくなります。
規模別の考え方とよくある失敗パターン
医療SaaSで優先すべき確認項目は、医療機関の規模によって変わります。規模が大きくなるほど、部門をまたいだ合意づくりと既存システムとの接続が難しくなる傾向があります。
| 規模 | 優先しやすい観点 | 起きやすい課題 |
|---|---|---|
| 個人開業の診療所 | 予約・問診など患者接点からの段階導入、サポートの手厚さ | 担当者が院長や少数のスタッフに偏り、安全管理の確認が後回しになる |
| 複数拠点の医療法人 | 拠点間で同じ運用ルールを適用できるか、データの一元管理 | 拠点ごとに別のSaaSを導入し、あとから統一する際の移行負担が大きくなる |
| 中規模・大規模病院 | 部門システムとの接続、情報システム部門・医療安全・個人情報保護担当の合意 | 部門ごとの要件が分かれ、選定や導入の意思決定に時間がかかる |
規模を問わず、医療SaaSの導入でよく見られる失敗は次の3つに集約されます。いずれも選定の段階で確認しておけば防ぎやすいものです。
| 失敗パターン | 起きること | 防ぐための確認 |
|---|---|---|
| 認証の有無と価格だけで決める | 運用開始後に権限管理やログ、再委託の範囲が自院のルールと合わないと分かり、契約や運用を見直すことになる | ガイドラインへの対応状況と役割分担を契約前に書面で確認する |
| 連携の範囲を確かめずに導入する | 一部の項目しか電子カルテに反映されず、転記作業が残って二重入力が減らない | 自院の電子カルテの製品名で連携実績と反映項目をデモで確認する |
| 現場への教育と停止時の手順を後回しにする | システム停止時に受付が混乱し、診療の遅れや患者案内の混乱につながる | 紙運用への切り替え手順を決め、導入前にスタッフと予行演習する |
3つ目の失敗は、現場の人手不足と深く関係しています。スタッフが足りず日々の業務で手いっぱいの状態では、新しいシステムの研修や停止時の手順づくりに時間を割けません。医療SaaSの導入を成功させるには、システムの選定と並行して、教育や運用を担える人を確保する仕組みも考えておく必要があります。
医療SaaS選定のチェックリスト
ここまでの内容を、候補のサービスを比較するときにそのまま使えるチェックリストにまとめました。すべてを満たす必要はありませんが、「確認していない」項目をなくすことが大切です。確認できなかった項目は、事業者への質問として整理しておきましょう。
| 分類 | 確認項目 | 確認先 |
|---|---|---|
| 安全管理 | 医療情報システムの安全管理ガイドライン第7.0版への対応状況が示されているか | 事業者の開示資料、チェックリスト(事業者用) |
| 第三者評価 | ISMAP・ISMSなどの登録や認証の有無と、その対象範囲 | ISMAPポータル、認証書 |
| アクセス管理 | 多要素認証、職種別の権限、操作ログの取得と閲覧 | デモ、仕様書 |
| データの所在 | 保存場所(国内か国外か)、再委託先の有無 | 契約書、利用規約 |
| 連携 | 自院の電子カルテ・レセコンとの連携実績、反映される項目、連携費用 | デモ、見積書 |
| 将来対応 | 電子カルテ情報共有サービスや標準規格への対応予定 | 事業者への質問 |
| 障害時対応 | 稼働率の目安、障害の連絡方法、復旧までの目安、紙運用の手順 | 契約書(SLA)、自院のBCP |
| 契約終了 | データの返却形式、削除の証明、解約の条件 | 契約書 |
| 運用体制 | 導入時の研修、問い合わせ窓口の対応時間、院内の担当者と教育の担い手 | 事業者、院内の人員計画 |
| 広告・発信 | 導入を患者向けに案内する際、医療広告規制に触れる表現がないか | 医療広告ガイドライン |
最後の「広告・発信」は見落とされがちな項目です。オンライン予約や決済を導入したことをホームページで案内すること自体は問題ありませんが、「待ち時間ゼロ」「必ず早く診てもらえる」のように誇大と受け取られかねない表現は避けたほうが安全です。医療法の広告規制の考え方は、厚生労働省の医療広告規制のページで確認できます。
チェックリストの「運用体制」の欄が空白になりやすい医療機関は、システムの前に人の問題を抱えていることが少なくありません。採用や応募者対応に追われて院内のIT担当を置けない状況では、どんなに良い医療SaaSを選んでも定着しにくくなります。医療機関の運営課題を仕組み化する第一歩として、採用業務そのものの効率化から検討してみるのも有効です。
よくある質問(FAQ)
Q. 医療SaaSは電子カルテと同じものですか?
A. 同じではありません。電子カルテは診療録を扱う中核のシステムで、クラウド型の電子カルテは医療SaaSの一種です。医療SaaSにはそのほか、予約、問診、会計、オンライン診療、患者連絡、勤怠や採用などの周辺業務を支えるサービスも含まれます。
Q. ISMAPに登録されていれば医療SaaSとして安心ですか?
A. ISMAP登録は第三者の監査を経た参考情報ですが、それだけで医療機関側の確認が終わるわけではありません。登録が基盤側だけかサービス自体かを確認し、医療情報システムの安全管理ガイドラインへの対応状況や役割分担もあわせて確認します。
Q. 3省2ガイドラインとは何ですか?
A. 厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」と、経済産業省・総務省の「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」をあわせた呼び方です。前者は医療機関向け、後者は事業者向けで、厚生労働省のガイドラインは2026年6月に第7.0版へ見直されています。
Q. 電子カルテを導入していないクリニックでも医療SaaSは使えますか?
A. 予約・問診・会計など周辺業務のSaaSには、電子カルテがなくても単体で使えるものがあります。ただし将来、電子カルテと連携させる可能性がある場合は、連携の実績や費用を先に確認しておくと、あとからの連携設計がスムーズになります。
Q. 標準型電子カルテの動きを待ってから導入したほうがよいですか?
A. 一律に待つ必要はありません。電子カルテ本体は国の方針の影響を受けやすいため、候補製品の対応予定を確認して判断します。予約・受付や人事などの周辺業務は、電子カルテから独立して先に進めやすい領域です。
Q. 無料や低価格の医療SaaSを使ってもよいですか?
A. 価格だけで判断せず、扱う情報の種類、セキュリティ、サポート、データの取り出し、契約条件を確認します。患者情報を扱う場合は、低価格であっても安全管理ガイドラインへの対応や委託先としての管理体制の確認は省けません。
まとめ|医療SaaSは「安全に、診療を止めずに使えるか」で選ぶ
医療SaaSは、医療機関の受付、診療、会計、人事までを支える便利な手段です。その一方で、要配慮個人情報を扱い、止まれば診療に影響するという点で、一般的な業務SaaSより慎重な確認が求められます。導入を検討するときは、次の4つを押さえておきましょう。
- 予約・受付など、患者接点に近く電子カルテから独立しやすい領域から小さく始める。
- ISMAPなどの第三者評価は参考情報と位置づけ、安全管理ガイドライン第7.0版への対応と役割分担を契約前に確認する。
- 自院の電子カルテ・レセコンとの連携範囲をデモで確かめ、電子カルテ情報共有サービスへの対応予定も質問しておく。
- 停止時の手順と教育を担う人員を確保し、システムと人の両面から運用体制を整える。
機能の多さよりも「患者情報を安全に扱い、診療を止めずに運用できるか」という視点で選ぶことが、医療SaaSで失敗しないための近道です。なお、本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、法的助言ではありません。
参考文献
- 厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第7.0版(令和8年6月)」
- 経済産業省「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」
- 厚生労働省医政局「電子カルテの普及について(第28回 健康・医療・介護情報利活用検討会 資料1)」
- 厚生労働省医政局「電子カルテ情報共有サービスの導入に関するシステムベンダ向け技術解説書」
- ISMAP運営委員会「ISMAPポータル」
- 個人情報保護委員会「法令・ガイドライン等」
- 厚生労働省「医療法における病院等の広告規制について」